東京「トラットリア・ダル・ビルバンテ・ジョコンド」
料理長 古川 裕士 さま
イナゾートマトに出会ったのは近所のスーパーマーケットでした。イタリアンレストランにおいてトマトのチョイスは、その店のコンセプト・価値観・センスが透けて見えると思っています。
卸業者さん頼みのトマトの品質ではなかなか満足がいかず、色々な百貨店やスーパーマーケットでトマトを購入しては味見を繰り返していた頃、1つ口に含むと旨味と力強さが舌の上で爆発するほどの衝撃を与えてくれたそのトマトは、私の店から歩いて5分のローカルスーパーの陳列棚にちょこんと置いてあったんです。
私はなんとなく手に取りました。おそらく可愛らしいロゴシールのセンスに共感したのだろうと今では思います。灯台下暗しとはよく言ったものです。
早速、生産者のイナゾーファームさんに連絡をとったのが約3年前です。
トマトの味わいについては、昨今もはや日本はイタリアを超えている、そしてその多様性については比べ物にならないと感じます。本当に美味しいトマトで溢れています。したがって、「料理のイメージにトマトをはめ込んでいく」ことが可能なのです。
たとえば、カプレーゼには A のトマト、パスタには B のトマト、お肉のソースには C のトマト・・というように。これは非常に楽しいプランニングです。もちろん私もこのようにトマトをチョイスするのが日常でした。しかし、イナゾートマトを食べれば食べるほど、その奥深さをもっと感じたいという欲望が強まっていき、「トマトの味わいに料理が思い浮かぶ」ことの方が多くなりました。それは何故かというとおそらく、本場イタリアのトマト料理の中には、日本のトマトじゃ味や食感が物足らず満足のいく仕上がりにならないため、私のこだわりとして日本ではあえて作らないレシピもいくつかあったんです。そこにイナゾートマトはぐいぐい食い込んできてくれたような気がします。
思い浮かんできた料理の数々は私の大好きなイタリアそのものを表現できるお皿たちだったんです。その中でも、私のイタリア愛とイナゾートマトがこれ以上ないほどリンクした料理があります。「スパゲッティ・アッラ・ケッカ」というローマの伝統的な夏のパスタ料理です。冷えたトマトのざく切りに、バジル・フェンネル・オリーブ・ニンニクなどを加え、新鮮なオリーブオイルと共にゆで上げたパスタを軽く冷やしながらボウルで和える、いわば「ぬるい」パスタです。ローマではこのぬるさが定番なのですが、「アツアツ」か「キンキン」が好まれる日本において「ぬるい」は嫌がられる傾向にあるのと、熱くも冷たくもない状態で日本のお客様に美味しく召し上がっていただくためには、ぬるくても美味しいと感じていただけるほど圧倒的な存在感が必要で、そんなトマトに出会っていなかったのとの理由で作っていなかったお皿です。
しかし前述の通り、キチンと皮が張った食感に甘味と酸味とミネラルの力強さ、私が出会ったイナゾートマトは「スパゲッティ・アッラ・ケッカ」を作ってくれ!と自身で懇願してきたかのようでした。やはり間違ってなかった。何度もブラッシュアップを繰り返し、現在では、生の冷えたトマトとあえて凍らせたトマトの W 使いで、思い描いた以上の「スパゲッティ・アッラ・ケッカ」が完成しております。
念願叶い、ついに昨年、イナゾーファームへ訪問することができました。もちろんそれまでもトマトというフィルターを通して、士別の環境や谷夫妻のお人柄など幾分イメージはできていたと思うのですが、現地を歩き、畑を見て、温かく迎えてくださった谷夫妻と昼夜共にすることができたからこそ、1粒のイナゾートマトが持つ奥深さを、さらに強く感じ取ることができたのは言うまでもありません。
“人”と“自然”が育む美味なる生命(いのち)を頂ける幸せをしっかりと噛みしめて、料理人として、お客様の豊かな時間へと繋げる大切な役割を担っていることを、あらためて誇らしく感じました。香り・甘味・酸味・旨味・食感・・・イナゾートマトは、全てが高次元で調和のとれたパーフェクトトマトです。